でも、時間的にはこんにちはだね。
まだ、ママはコタちゃんのいない生活に違和感を感じてるんだよ。
でもね、もう悲しい涙を流さないようにしようと思ってるんだよ。
ペットロスから抜け出すためにいろんな動画を見たの。その動画の中でお坊さんが話してた。
「人間と違って動物はいい事しか覚えてないから、何かを悔やむんじゃなくて、何をしてあげられたかを思い出しなさい。そして、愛犬との思い出で嬉しい涙をたくさん流して、たくさん流したあとはたくさん笑いなさい」
「いつまでも悔やむ涙を流していると、飼い主が大好きな犬は心配で未練が残って旅立てない」って事も言ってた。
だから、これからは16年10ヶ月の間頑張って生きて幸せをいっぱいくれたコタちゃんの思い出を辿るよ。
私の人生で初めて家族になったのがコタだったよね。
私はずっとずっと犬を家族に迎えたくていたから、コタちゃんが家に初めて来た日も覚えてるよ。
あんなに嬉しくて、幸せだった瞬間はもう一度だけだろうからね。
コタちゃんは手のひらに包めるくらいに小さくて家に来たときから、ずっと可愛い澄んだキラキラ瞳だったね。
この、キラキラと輝く瞳は死んでもずっとずっとキレイに輝いていたよ。
顔も幼い時のままに大人になったよね。まんまるで大きなコタちゃんの澄んだ瞳は、特に食べ物を前にしたときは、より一層に輝いて、おすわりしてソワソワしてたよね。
コタちゃんは、頭がいいから、スーパーの袋=食べ物だったよね。だから、袋のガサガサが聞こえるたびに期待の眼差しで袋から出てくるものは何か気にしてたよね。
そして、袋から出てくるのが食べ物じゃないときは明らかに落ち込んでたね。(笑)
食いしん坊は、ママに似たのかな?(笑)
散歩が大好きなコタちゃんは、1日に6回も散歩をした事が、あって疲れて疲れて凄い深く眠って、触っても揺すっても全然起きなかった時もあったよね。
私はいつも2時間くらいの散歩、母親は30分くらいの散歩。
私も母も互いに散歩に行ったのを知らなかったから、散歩バックを持つと飛び上がって外に出たがるコタちゃんをみて「まだ散歩に行ってない」って思って散歩に行っちゃったんだよね。
雨降りの日も雪の日も晴れてても、いつも自分から率先して散歩に行きたがったよね。
歩くのが楽しくて、きっと大好きだったんだよね。
どんなに疲れても、止まることはあったけど歩くのを止めたことは一度もなかったよね。
足腰が弱くなって、自力で立てない時も抱っこよりも自分で歩きたがったよね。
坂道も、階段もいつも健気に一生懸命に頑張って必ず歩ききったね。
そんな姿を見て、コタちゃんへの愛情が増していくのを感じたよ。
それに私が乾癬になってまわりから気持ち悪いって思われてた時も、コタちゃんはためらうこと無く裂けてる傷を優しく舐めてたね。
「治れ!!治れ!!」とでも言うように。特別なしつけをしたわけじゃないのに、瞳も心も澄んだキレイな優しいワンちゃんに育ったよね。
私が「大丈夫だから、もう舐めなくて大丈夫だよ」って言っても、手や足の裂けて血が出てるところを何度も舐めてくれたよね。
嬉しくて泣きそうだったんだよ。コタちゃんの気持ちが嬉しくて、泣きそうだったんだよ。
そして、こんなに優しく健気に育ったコタちゃんを本当に愛おしいと思ったよ。
今もその考えは変わらないよ。私の人生で1番愛したのはコタちゃんだよ。
コタちゃんとの日々はいつもいつも幸せと優しさに溢れてて、私の唯一の癒しの場所になってた。
コタちゃんの存在が私を強くしたんだよ。優しくしたんだよ。
だから、コタちゃんの存在は私の体の一部みたいになってたから、コタちゃんがいなくなって本当に身が引き裂かれる思いだったんだよ。
でも、ママはもう一度コタちゃんに会って抱きしめたいの。
だから、生きるよ。コタちゃんの生まれ変わりに出会うまでずっとずっと待ってるよ。
コタちゃんがくれた優しさも可愛い仕草も散歩が大好きで、食べるのも水を飲むのも大好きで、いくつになっても甘えん坊なそんなコタちゃんを可愛くて可愛くて仕方なかったの。
毎日会うたびに「可愛い」ってずっと言ってたのはコタちゃんの瞳も顔も家に来た時のままの笑顔溢れる顔だったからね。
老犬になって、表情が作れなくても私には可愛い、愛おしい存在には変わりなかったよ。
コタちゃんを抱きしめて何回も何回も愛してる、大事なワンちゃんだよ、可愛いね、言い続けたのはコタちゃんに残された時間が少ないのを知っていたから、最後にちゃんと知っていて欲しかったからだよ。
身体は、無くなったけど、確かに私の中でコタちゃんは生きてるよ。ずっと可愛い笑顔で生きてるよ。